はじめに
写真提供:国立駅前大学通り商店会昭和恐慌により失業者が溢れ返る昭和5年、日銭を稼ぐ手段として生みだされた紙芝居屋さん。第二次大戦後の昭和20年代、復員兵や失業者などがその日から始められる商売として再び最盛期を迎え、東京だけで3000人もの紙芝居屋さんがいたと言われています。幼稚園などで馴染みの教育紙芝居(印刷紙芝居)や最近盛んな創作紙芝居も、街頭紙芝居(紙芝居屋さん)から生れました。そんな日本固有の文化である紙芝居は、海外でも「KAMISHIBAI」と呼ばれています。
しかし最期の紙芝居師免許が昭和58年に失効して以降、街角で紙芝居屋さんはできなくなり、子供達の注意を引くために精錬された独特の語り口や抜き方は失われつつあります。
そんな街頭紙芝居で使われていた画は、手描きの1点ものでした。画の貸し出しを行う「貸し元」とよばれる業者から依頼を受けた作家・画家が、「続きはまた明日」のその先を紡ぐため、来る日も来る日も話を作り、画を描いていたのです。チャンバラ、SF、怪奇、ドラマなど、毎日様々な紙芝居が生み出され、子供達を魅了しました。
しかし高度経済成長の中で職が増え、テレビなど娯楽の選択肢が増えると、紙芝居屋さんは次第にその姿を消していきました。そして画は、空襲で焼け、捨てられ、バラバラに売られ、残っていても、活用はおろか閲覧も難しい状況です。また著作権が不明なものがほとんどなため、印刷など二次利用は困難です。そんな中、『黄金バット』の作者として知られる加太こうじ氏のご遺族にご協力頂き、インターネットとiPadがあれば、世界中いつでもどこでも紙芝居ができる形で、原画のデータを公開させて頂けることとなりました。
*このコンテンツで使用されている画像・音声・台本は著作権者の意向で、商用目的での利用はご遠慮下さい。
しかし高度経済成長の中で職が増え、テレビなど娯楽の選択肢が増えると、紙芝居屋さんは次第にその姿を消していきました。そして画は、空襲で焼け、捨てられ、バラバラに売られ、残っていても、活用はおろか閲覧も難しい状況です。また著作権が不明なものがほとんどなため、印刷など二次利用は困難です。そんな中、『黄金バット』の作者として知られる加太こうじ氏のご遺族にご協力頂き、インターネットとiPadがあれば、世界中いつでもどこでも紙芝居ができる形で、原画のデータを公開させて頂けることとなりました。
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配信作品
プラパゴン冒険活劇 2巻
怪天鬼時代物 1巻
吹雪峠新派 3巻
沼男サスペンス 1巻
空飛ぶ王子冒険活劇 3巻
原子人間SF 10巻
トン子都へいく新派 2巻
猫車怪談 5巻
山彦ボーイ新派 1巻
雪女時代物 1巻
ちりゆく花新派 3巻
空中魔城SF 13巻
コンテンツ概要
スター作家・加太こうじ氏の作品
街頭紙芝居におけるスター作家、加太こうじ氏。街頭紙芝居が生まれた翌年の昭和6年に、若干14歳にして家計を支えるため紙芝居作家となりました。永松武雄さんから引き継いだ黄金バットほか、オリジナルのヒット作を連発し、台本・画・興業に従事しました。多い時では1日に6巻分(60~70枚)の台本と画を仕上げ、紙芝居屋さんにせかされながら玄関先で作業されることもあったそうです。水木しげるさんに、紙芝居作家としての道をつけたのも加太さんです。街頭紙芝居が衰退する昭和35年頃、鶴見俊輔さんの誘いで文筆業に転身し、鶴見さんが創刊された「思想の科学」の社長も10年間務められました。そんな加太こうじ氏が昭和20年代~30年代に制作された希少な画を、ご遺族のご了解のもと無料配信しています。
紙芝居屋さんによる実演
絵とともに独特な発展を遂げたのが、語り口です。毎日街頭に立ち、子供に飴を売りながら語り続けた声には、日々の生活で培われた説得力が宿っています。このコンテンツでは、最盛期から紙芝居屋さんを続けている永田為春氏の音声と、現代の紙芝居屋、佐々木遊太の音声も同時に配信します。
紙芝居そのままの抜きができるようにしてあるので、本物の紙芝居屋さんの画に本物の紙芝居屋さんの語りでお子様に見せることができます。また、紙芝居屋さんの声を真似て練習した後、台本をダウンロードしてご自身で紙芝居をすることもできます。
*台本配信サイトはこちら
*参考:街頭紙芝居10則